第6章 地元と国有林 第30話「下戸談話」
山官となって山の事業所勤務を命ぜられたが、当時の山官には酒豪が多く、また、事業所を訪れる人々もほとんどが酒の強者ばかりであった。
歓迎会、送別会、会合の後などはもとより、出張先の宿屋でも必ず宴席が設けられ、酒を強いられる。盃一杯で心臓が破裂するほど鼓動の高鳴りを覚える私にとっては、耐え難い席である。
新参の頃ある日、近くの部落で私の歓迎会が催された。
新入りはお椀で三杯飲むのがしきたりとのことである。
高脚縁付きのお膳に吸物椀が一つ乗せられ、私の前で満々と注ぎ、勧めてくる。
飲まねば部落との断交を意味する。しかし、飲めば体の方が持たないしで困っていたところ、隣の補助員が
「主任さん、飲めなければ一口でも口をつけて、残りはお膳の中にこぼせばよいのです」
と言ってくれたので、その通りに三回繰り返した。
ところが、その上に部落の各人がまた盃を差してくる。盃を受けてはこぼしていたが、だんだんと息苦しくなり、とうとうこっそり抜けて帰ることとした。暗い急な坂道は勝手が分からず、気分もムカムカしてきたが、死ぬ思いで何とか事業所にたどり着くことが出来た。
それ以来、私が酒が飲めないことが分かり、無理強いする人も少なくなった。
熊本に住んでいた頃のこと、友人の結婚式の帰りに、養鶏場の前で羽織袴のまま寝込んでしまった。お巡りさんに起こされた上に
「家まで送りましょう」
と言われ、照れ臭いやら困ったやらで、スゴスゴと一人帰ったことがある。
また、別の宴席の帰り道、今度は検察庁前の道路で寝てしまった。一足遅れで偶然、その場を通りがかった事業課長に腹のベルトをわしづかみに吊され
「男が酒を飲んだぐらいで道ばたで寝るとは何事か。寝るのなら家までチャンと帰ってから寝たもんせ」
とこっぴどく怒られた。
それ以来、家まで帰る余裕がある間に、酒席から抜け出すよう心がけている。
昔から言い古された格言に「英雄は色を好み、豪傑は酒を好む」というのがある。
九州の山官は、英雄にも豪傑にもあこがれているせいか、酒と女の駄目な奴は一人前の働きが出来ないと言う。
そのせいか、昔は営林署に就職すると、上司や先輩から酒を無理強いされることがたびたびあった。
しかし、私たちの周囲を見ても、若い頃、英雄豪傑を夢見て飲み過ぎてしまい、半病人となってしまった人を探すのに、そう不自由しない。
どうか、酒についての旧来の悪習を打ち破り、酒を無理強いしたり、畳に酒を飲ませるまで自ら飲むことは是非ともやめて頂きたいと思う。