昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第3章 営林署から 第16話「公売雑感」

公売会場に一歩足を踏み入れると、そこは、タバコの煙がもうもうと立ちこめる別世界。喧噪やかましく、百人を越す業者の人たちの声でざわめく。営林署の係官が札を整理し、結果を発表する直前までこの状態が続く。

「ただ今から入札結果を発表します」

 会場は急に静まり、ときおり、際だって高い札の読み上げがあると「オー」という驚きの声とため息が聞こえてくる。

参加者が多く、活気があるほど入札結果は良好である。

 

業者は、公売にのぞむ前、公売物件を十分に下見し、各人独特の符号を使って金額を計算する。

 会場の雰囲気や参加者の顔ぶれなどから、自分の計算結果を積み上げ勝負に出る。これも金利と利潤を考えてのことだから、商売とは厳しいものである。

 入札金額を見ると、土木工事の場合は普通万円どまりだが、木材販売では十円単位のものを多くみかける。三百万円、五百万円といった椪でも九九〇円とつけている札がある。中には九九九円と細かく記入された札も珍しくない。椪によっては僅少の差で落札が左右されるため、公売という場での特殊な心理によるのだろう。

 また、元来、木材の取引はきめ細かく行われる。七十、八十立方メートルの丸太が、筏に組まれて水門を出る時には十数口に分けられ取引されることも少なくない。

 細かい神経を使う商売である故に、札に現れる金額もいきおい細かくなるようである。

 

 椪の中には入札枚数が極端に多く、特に、上位の札が競い合い、大接戦となる場合がある。また、一方では応札数がごく僅かで、しかも一番札と二番札とがかけ離れている場合がある。

 素人考えでは、接戦の勝者である落札者は気分爽快で儲けも多いのではないかと思う一方、他に応札者がいない時の落札者は何か見込み違いでもしたのかと、常連のお客ゆえにいささか同情的な気持ちになることがある。

 ある時、この話を業者にしたところ、競争が激しく札の接近した椪を落札した場合は気分が良いかも知れぬが、余り儲からない。むしろ、札が離れて落札した方が儲かるという。

これは解せない。

 その理由は如何なるものかと聞くと、彼氏いわく。競争の激しい椪は、誰もが欲しいが故に現物を徹底的に見て、予定一杯に額を見積もるから札も接近する。ところが、札が少ない場合、十分に見ていない人が多いため、札が飛んでいても自分さえ中身を吟味していれば、上手な買い物となり儲かるのだと言う。

商売とはそういうものかと感心はしてみたが、解ったような解らなかったような、素人の悲しさである。

 

 国有林を退職してある事業を経営していた先輩がいわく、売掛金を回収するために何度か足を運んでは、その都度、金がないことを聞かされると気の毒になって足が遠のいてくる。

 また、反対にこちらが催促されると、悲しいかな無理しても払うようになる。

 結局は手許の資金が徐々に減っていく。とかく役人をやった者は正直過ぎてうまくゆかんですと。

 金儲けがいかに難しいものかを、体験を通じて教えてくれた。

 

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