昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第9章 心に残る話 第45話「白髪のモッコス老人」

 私が署長として着任して間もないある日のこと。この地の篤林家で一徹ものと知られる老人から電話を受けた。

 「署長さん、横道峠の造林地には、カヅラが巻き付いたままで二、三年放置されている所があるが、あれでは木がかわいそうだ。なんとかしてくれ」

 

 意外な忠告である。

「立木を払い下げてくれ」とか

「工事をやらせてくれ」

「山の木で陰になるので、伐ってくれ」といった、自分のためにする陳情や意見はよく聞かされたものであるが、

「木がかわいそうだから」

という陳情は普通、聞かない。

 

  私は早速、担当区主任に連絡をとったが、「予算の関係で予定にはない」とのことである。

 そこで、私は、この箇所を追加実行することによる金額と面積を聞き、予算措置はあとで行うので、明日からでも実行するよう担当区に指示をした。

 

 数日後、白髪のこの老人は、和服、白足袋、草履履きの特徴ある姿で署にやって来て 

「前からあの山のことは署長さんに連絡していたが、どの署長さんも『予算がない』といってやってくれなかった。貴男は電話ひとつで直ぐやってくれ、山の木も喜んでいることだろう。本当に良かった」

 この篤林家の山が何かの利益を得たが如く、老人は喜んでくれたのである。

 

 このことがあってから、この篤林家とは意気投合し、老人が材木屋との交渉で行き詰まると私が仲介を申し出たり、逆に、地元と署との間にトラブルが生じると、老人に頼んでは解決してもらったりした。

 横道峠の造林地も、今では太く伸び続けているであろう。

 今は亡き白髪のモッコス老人にあの山を見せては、薩摩名産の焼酎でも飲み交わしたいと思う。

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