第9章 心に残る話 第45話「白髪のモッコス老人」
私が署長として着任して間もないある日のこと。この地の篤林家で一徹ものと知られる老人から電話を受けた。
「署長さん、横道峠の造林地には、カヅラが巻き付いたままで二、三年放置されている所があるが、あれでは木がかわいそうだ。なんとかしてくれ」
意外な忠告である。
「立木を払い下げてくれ」とか
「工事をやらせてくれ」
「山の木で陰になるので、伐ってくれ」といった、自分のためにする陳情や意見はよく聞かされたものであるが、
「木がかわいそうだから」
という陳情は普通、聞かない。
私は早速、担当区主任に連絡をとったが、「予算の関係で予定にはない」とのことである。
そこで、私は、この箇所を追加実行することによる金額と面積を聞き、予算措置はあとで行うので、明日からでも実行するよう担当区に指示をした。
数日後、白髪のこの老人は、和服、白足袋、草履履きの特徴ある姿で署にやって来て
「前からあの山のことは署長さんに連絡していたが、どの署長さんも『予算がない』といってやってくれなかった。貴男は電話ひとつで直ぐやってくれ、山の木も喜んでいることだろう。本当に良かった」
この篤林家の山が何かの利益を得たが如く、老人は喜んでくれたのである。
このことがあってから、この篤林家とは意気投合し、老人が材木屋との交渉で行き詰まると私が仲介を申し出たり、逆に、地元と署との間にトラブルが生じると、老人に頼んでは解決してもらったりした。
横道峠の造林地も、今では太く伸び続けているであろう。
今は亡き白髪のモッコス老人にあの山を見せては、薩摩名産の焼酎でも飲み交わしたいと思う。