昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第6章 地元と国有林 第27話「ドブロク」

 毎年、年の瀬もおしつまる十二月十五日は、村の若い衆が一番心待ちにしている恒例の行事がある。村の家々から集められた米で作ったドブロクを、皆が集まり飲むのである。

 もう十七、八年前の話ではっきりとは覚えていないが、私は村の何か役員をやっており、また、家族も少なかったことから、その年は私の家でドブロクを仕込むこととなった。ドブロク造りは素人であったが、なかなかの出来映えとなり、十五日の朝、出来たドブロクは瓶のまま私の家から若宿衆まで運び出された。

 これを三日の間にみな飲んでしまえば何事もなかったのであるが、第一日目にとんだハプニングが起こった。

 

酒宴が盛り上がる中、役員の一人と酒屋の息子が大喧嘩を起した。

顔面に大きなアッパーを食らって血だらけとなったのは酒屋の息子の方で

「酒造法違反で訴えてやる」

と言っては若衆宿を飛び出し、家に帰ってしまったのである。

 残された一同はまさかとは思っていたが、翌朝、酒屋の親父が若衆宿へ来て「昨晩、うちのK男が税務署に電話したようだから」

と告げたことから、もはや酒盛りどころではない。

 証拠物件である瓶を隠すやら何やらで大騒ぎとなったが、その日は終日、税務署員の姿は現れず、長い長い一日を何事もなく終えたのである。

 

 瓶の中には、まだ半分以上ドブロクがある。

 村の入口で税務署員を見かけたとか、少し離れた部落が近々摘発されるらしいとか、色々な噂が飛び交うなか三日目を迎えた訳だが、さすがにこの頃になると皆、我慢が出来なくなり、「税務署なんか来るものか、脅しだよ」と誰かが言いだすと、その一言で各人が大丈夫だと言い出した。

 そして、例の瓶を持ち出し、土間へどんと据えるとドブロクを再び汲み出した。

 若い衆は、口々に酒屋の息子の悪口を言い、税務署を批判し、また、毎度始まる年寄り連中のドブロク講釈をけなし始めた。

 そして、ぐでんぐでんに酔っぱらっては怪気炎を上げる、喧嘩を始めるといった相も変わらぬ風景となった。

 ところがである。

 夕方、あらかたのドブロクを飲み干し、底の方に五合ばかり残した瓶を土間に置きっぱなしにしていたところ、突然、令状を持った捜査員が入り込み、いきなりその瓶を差し押さえた。

 万事休すである。

 支部長以下村の役員が炉端に集められ、こっぴどく叱られ、色々と詰問された。

 支部長は甘酒だと言い張ったが、相手は頑として受け付けず、アルコール度数を検査すれば分かると言って瓶ごと没収してしまった。最後は、他の者が知らないうちに四人で共謀して密造したということになったが、本当は、自分たちの手でドブロクを作ろうなどと言い出したのは私だったので、支部長には大変申し訳ない気がした。

 

 しばらく経って税務署から出頭命令が来た。

 係官からさんざん油をしぼられた末、一人につき罰金三千円を申し渡された。私たちは前科者となってしまったのである。

 幸い新聞には出なかったが、とんだドブロク騒ぎで馬鹿をみて以来、この部落では、どんなことがあっても、誰もドブロクを作ろうなどとは言わなくなった。

 

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