昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第4章 仕事と趣味 第24話「釣魚賛歌」

 渓流の岩陰から、泡立つ淵目がけて愛竿を振る。理屈も何もいらない。それだけで満足である。

 川鳥が川面をすれすれに飛んでは岩陰に隠れる。淵の上の梢に止まっているカワセミが真下に飛び小魚をくちばしにはさんでいく。

 こんな日はたいてい鈞果良好と判断出来る。

 

 雪代の山女魚はおりさえすれば無造作に誰でも釣れるが、青葉の山女魚になると、春先から釣師達に攻められるため、もの怖じが激しい。人間の足音や竿のかげ、木の揺れに敏感になっている。餌も川の虫や蛾を腹一杯食べてきたため、ぜいたくにえり好みもする。

 また、山女魚は怪しい餌と悟れば瞬間に吐き出す。だから魚の当たりも微妙である。糸ふけの小さな変化に合わせ、竿を斜めにして川下に抜く。

 もし尺物がかかったら、手許が狂わないように息を潜めて静かに引き寄せる。山女魚は力持ちである。この馬鹿力が弱るのを待ってへちに寄せる。そして抜き足、差し足、川に入っていき、エイとばかりに両手で山女魚を岸に放り上げる。山女魚は跳ねる。美しい斑点のある身体で草の上を跳ねている。その時の私の胸はごっとんごっとんと高鳴り、しばらく止まない。

 鮎を川魚の王というなら、その上流に位し、体側に美しい小判状の斑紋を並べた山女魚は川魚の女王とでも言えようか。

 

 この女王は用心深い性質でありながら、水面や水中を流れるものは何でも飲み込む。そのために、淵の落ち口になわばりを作ることが多い。

「鮎ならば、はらわたを食わないと価値がない」と食通は言うが、この意見を生半可に聞いて山女魚のはらわたを食うと、とんでもない目に合う。青虫、芋虫、ムカデなど何が出てくるか分からない。大変な悪食家である。

 春先は魚体も小さく味も格別上等ではないが、七~八月になると大きくなり、焼くと背が割れるくらい油がのって味は最高となる。

 この季節になると人影は禁物で、川底と一定間隔に釣針を流す技術や、木々の間をぬって竿をさばく技術は川漁最高のもので、面白みもまた格別である。

 そして、数少ない獲物を河原で焼き賞味するのは、無上の楽しみでもある。

 

 木の葉がくれの夏の光に、岩をかむ急流がエメラルドに輝く。絵にも描けない美しさだ。そんな流れに鮎がいる。遠い日本海から広島県高津川を椛谷までのぼってきた鮎だ。日原から柿木あたりの鮎は東京方面でも他の川のものより一段格がまさるという。しかし、まだその上がある。椛谷事務所 から上流の鮎は数段、格が上である。事務所から上流で岩魚が釣れ始めるが、岩魚の住む水温で鮎が体質変化を起こすのか、岩魚の住む急流で鮎の身が引き締まるのか、それともはむ苔の種類が異なるのか、とにかく通でない者でも鮎の旨さの違いを感じることが出来る。

 

 女性の美しさをしのばせるスマートな体形、早春の柳の新芽のようなみずみずしい色合い、ただようばかりの自然の香り、これをそのまま味わえる方法がある。

「石焼き」である。

 これほど野趣に富む食べ方はないだろう。

 まず手頃な石を探す。扁平で滑らかな火成岩がいい。この石をたき火の中に放り込む。

 一時間もすれば石が白っぽくなる。真夏の河原で焚き火をしながら石を焼く。なんとも暑い話である。たき火の中から焼けた石を取り出す。玉の汗が胸を流れる。精錬所なみだ。

 ピチピチした鮎を生け簀から上げてくる。焼かれた石の上に置く。ピクピクと少し動くがジューとした音で止まってしまう。芝色の肌が少し褐色になる。味噌で味付けをする。油が浮き出しジュージューとたぎる。このころになると河原柳で作った即席の箸が我知らずのびる。ゴクンと生唾を飲み込みながらひっくり返して反対を焼く。

石の火照りが河原風に吹かれ顔が火照る。

 誰からともなくやろうじゃないかの声がかかる。

「おお」のつぶやきで柳の箸が一斉に伸びる。

 清流に投げ込まれていたビールがポンポンと抜かれる。夏の太陽も山かげに入り、河原に吹く風も急に涼気をおびてくる。

ビールもかなり空いたころ「うまい」の声が出る。誰の顔からも汗が引いている。

 そしてビールが酒に変わり、にぎやかな歌になる頃、石焼きは一段と旨さを満喫させてくれる。味噌のほのかな塩味、油気を失いポリポリした歯触り、とにかく最後までうまい。

うまいものにも色々あるが、あっさり型でこれに及ぶものは他にあるまい。新鮮さがあり、何処でも出来ない珍しさがある。それに、口にするまで暑さを耐えなければならない。

 うまいうまいで酒もすぎ、河原に仰向けになる。星が赤く光りはじめている。まだまだ酒盛りはにぎやかだ。

 

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