昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第4章 仕事と趣味 第23話「日本シダの会採取記」

 第五回日本シダの会採集会が、屋久島につぐシダの宝庫として知られる薩肥国境の大口市布計国有林において、徳島と九州各県から約四十人が参加して盛大に開催された。

 

   北薩の 布計の深山に 集い来し

   吾等シダ人 まなこ輝く

 

 布計駅前から小学校の方に採取に向かう。途中には、イヌシダ、クマワラビ、シシガシラ、ウラジロ、コシダ等ありふれたものばかりで面白くない。

標高五百メートルのこの辺でも、真夏の陽光は焼けつくように暑い。流れる汗を拭き拭き、急いでヒノキ造林地内の歩道に入る。

 ヒノキの下層植生としてキジノオシダや長崎シダの大群落が続く。その中に点々とイノデやイノデモドキの大株があり、イワヘゴ、ツクシイワヘゴ、ミドリカナワラビ、ホソバカナワラビ等の群落が混生している。

 イタチシダやベニシダは余りにも多すぎて食傷気味だ。

 遠原越の途中から、羽月イヌワラビ、タニイヌワラビ、ホソバイヌワラビ、トガリバイヌワラビ、ナンゴクイヌワラビ、ヒロハイヌワラビ、カラクサイヌワラビ等々、余りにもイヌワラビ属が多すぎるため特長の判断に苦しむ。

 この群落を過ぎてスギとヒノキの造林地の間に、小さな渓流がある。その渓流のほとりに、この地の特産であるヒメムカゴシダ、オオフジシダが目にも鮮やかに黄緑の羽状複葉を展開する。

 林床は完全にうっ閉され、大群落が五百メートルも続く。まったく素晴らしいの一言に尽きる。

 

   布計谷の 遠原峠に 稀産する

   ヒメムカゴシダの みどりあざやか

 

 昭和三十二年頃から六十数回も布計を採取して、フケイヌワラビやユノツルイヌワラビ等の新種を発見された城戸正幸氏は、今後も布計には新種発見の可能性が十分あるという。話を聞けば、まだまだ僕らは勉強不足である。城戸先生の面影を歌に詠んでみた。

 

   布計谷に 六十幾たび尋ね来て

   遂に見いでし 布計イヌワラビ

 

 昼食を済ませて三百メートル坂道を登れば遠原峠で、向こうは球磨郡である。ここではウスバミヤマノコギリシダ、ノコギリシダ、ヤマドリゼンマイ、ワカナシダを採る。

 そして、布計駅から大口寄りにマツザカシダ、カネコシダ、ミヤジマシダを採集し、十六時の列車で布計駅を出発、宿舎の湯出ホテルに着く。

 

   鉄輪の きしみ激しく ディーゼルカー

   シダ人乗せて 山野線を行く

 

 これからは、標本にする押葉が大変である。汗くさい身体でシダを部屋一杯に広げ、一つ一つに名前を付ける。

 旅館は土やシダの葉っぱで足の踏み場もない。十九時三十分、標本の整理を終わらせるとひと風呂浴び、晩酌へ。シダの話から豆科植物、月桂樹、さねかずら、とべら等話題がみな豊富である。

 二十三時には酒宴を打ち切り就寝。翌五時前には既に四、五人が起き、今日のシダ採取の打ち合わせを始めている。

 会員は、シダに限らず木本や草本の権威者も多い。植生を知ることは適地に適木を植えることにつながるので、この機会に局署員の若手が是非入会することを期待して止まない。

 

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