昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第4章 仕事と趣味 第22話「熊撃ち」

「旦那さん、熊狩りにいかネスか。奧の部落の人方が是非にって」

と前の日の昼下がりに声がかかる。

 興味津々である。

 早速鉛の実弾を用意し、金かんじき、防寒着等の準備を始める。

 

 翌朝五時、快晴。

 頑丈な体つきの若者に交じって、部落の長の命令のもと出発。

 十五、六人いるだろうか。しばらく平地を歩いて、いよいよ山中に入る。雪上は氷の粒が堅く固まり、金かんじきでも甘く歩くと滑る。朝日を背に急斜地を一歩一歩踏み出しながら、登っては下り、また登る。

 途中で勢子とブッパに分かれる。勢子とは熊を山麓から上へと追い上げる人、ブッパとは山頂で熊を待ちかまて撃つ射撃手のことである。

 目的地としていた平らな峯に着いたのは昼近く。握り飯と大根の味噌漬けを頬張ると、早速準備にかかる。

 高い話し声は禁物。必要なこと以外口をきかず、言葉を交わす時は低音。

「兎とりと同じで、ちょっとでも音がしたり、体を動かしたりすると熊は逃げていく。ブッパは決められた位置に立ったら動かないように」

と部落の長から注意を受けている。

 勢子は巻狩り開始の位置にそれぞれ着いただろうか。時刻は午後一時と決められている。不安と興味が交錯し、落ち着かないまま時が過ぎていく。

 

 やがて「ホーウッホーウッ」と遠く下の方から一斉に声がかかる。戦闘開始である。緊張感がサーッと張りつめる。膝撃ちの姿勢で銃を構え下を見つめる。

 三、四十分もたっただろうか、遥か下の方に黒点が動くのを発見。熊が巻に入ったのである。

 望遠鏡の焦点を合わせて見ると、頭を左右に振って雪氷を真っ直ぐよじ登ってくる。頭を振るたびに白い月の輪がチラチラと見える。

 月の輪を上から狙い撃ちにすれば心臓を射抜き、一発だという。

 相当近くなるまで撃たないとは聞いていたが、高まる鼓動とは別に、ブッパは沈着そのもの。眼だけが、頭をゆっくり左右に振りながら上がりつつある熊に注がれる。

 小さな黒点がみるみる大きくなる。

 突然、沈黙を破って銃声が一発、続けて右の方のブッパから一斉に火が吹く。

 部落の長も撃ちながら一言。

「早かった」 

 一、二回回転しながら落ちていった熊が、再び起き上がり、歯をむき出してものすごい勢いで走り出す。銃弾が撃たれる度に雪煙が舞い飛ぶ。

やがて横ざまに熊が転落し始める。

  大きい図体が雪氷を赤く染め、白い雪を黒毛にまぶしながら転がるさまはとても兎どころではない。

 動かない。

 一本の杖を雪氷に立てて急斜面を滑り下りる。大きい熊だ。熊の脚のひらを計って七寸あるという。なめせば七尺の熊の皮となる。

 

沢で薪を集めて火をつけ一服。その後、マキリ包丁で直ちに開腹剥皮。手足がそれぞれ切断され梱包される。各人が分担して運搬するためである。胆はこの猟の長に配られ、肉は平等に分配される。薄暗くなる頃下山し、部落の長の家にたどり着いたのは夜八時近くであった。

 興奮がさめ、地酒を口にした時は、いろりの火のぬくもりと安堵感のために私は深い眠りに襲われた。引き続く祝宴のにぎやかな声や音も、遥か遠くに聞こえるようになった。

 

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