第1章 現場から 第3話「雑草に挑む」
五時三十分に雨戸を開ける。家の前には標高四百メートルの前岳国有林。
その頂きには朝日が当たり、空は青く澄んで雲ひとつない。
今日で何日、雨が降らないのであろうか。
慌ただしく朝食を済ますと車に飛び乗り、作業現場へと急ぐ。林道の終点から、谷川に沿って歩道をさかのぼること一時間、やっと現場にたどり着く。
休む間もなく鎌研ぎが始まり、十一名がいっせいに、背丈以上もある雑草に挑んでかかる。
照りつける太陽とむせかえる雑草の匂いが、むんむんと鼻をつく。雑草の中から顔を出すスギの木。太陽の光を浴び、いかにも嬉しそうである。
仕事始めの頃には聞こえた話し声もいつしか途絶え、ただ、草を刈払う音だけがバサッ、バサッと聞こえるだけである。汗の量と作業の進み具合が比例する。
十時の休憩が来た。
大きな声で「タバコ」と叫ぶと、早速、腰の水筒を外して飲む。
うまい。
近くの同僚にも水を回す。一回りすると最後の者が「班長、アイガトゴワシタ(有難うございました)」と言って水筒を返す。
喉の渇きをうるおして一服するうちに、作業始めの時間だ。
「オーイ、かかれ」
と大きな声で叫ぶ。
元気を取り戻したのか、鎌の音も大きい。太陽は頭の上で容赦なく照りつける。吹く風も蒸し暑い。次第に鎌の音が弱くなってきた頃、一番年長のAさんがお茶の準備にかかる。暑い最中の仕事だけに、昼のお茶をみなが楽しみにする。
「作業やめ」
やっと昼が来た。
木陰の涼しいところにあるテントに向かって、皆がぞろぞろと下りてくる。この現場は、幸いにも谷川がそばにあるので大助かりだ。
顔や手の汚れを洗い落とし、びっしょりと濡れたシャツをザブンと洗うと昼食にかかる。フーフー吹きながら飲む熱いお茶がおいしい。食事が終わると、あちこちで弁当箱を枕に昼寝が始まる。
疲れをとるために、ひとときでもいいから寝ることにしている。今ではこれが我が班の習慣となっており、昼休みの雑談は禁物。少しでも眠れば昼から調子がいい。
生まれつき寝つきのいい私は、横になると五分もたたないうちにイビキをかく。
「はやいもんじゃ、もう眠ったぞ」
みんながいつもひやかす。
時計の針が一時をさす。
誰となく
「ドーラ、ガンバランナネ」
と言って立ち上がる。
二時、三時とうだるような暑さが続く。空には雲一つない。
「雲よ出よ、涼風よ吹け」
と思わず誰かが叫ぶ。
暑い暑いと言っている間に、時計は五時近くになる。太陽も西に大きく傾いている。
「作業やめ」
この一言を待ちわびていたのか、皆の顔がゆるむ。汗びっしょりの顔に、目だけが光っている。
一日の労苦が一目で分かる時だ。
「今日も暑い中頑張ってくれて、ご苦労さん」
心の中で皆にそう言いながら、一列になって山を下りる。
下刈りの済んだ箇所を通ると、列の一人が言う。
「ヤツパイ、山はハヨハルタガヨカドナ(やっぱり山は早く下刈りした方がよい)」
これを受けた一人が
「ソラ、アタイマエヨ。ハヨシテカキノランコチャネーと昔の人がいうじゃねー(そう、当たり 前よ。早くして間に合わないことはないと・・・)」
と言う。笑い声とともに列が進む。
一杯の焼酎を飲んで、明日もまた頑張りたい。