昭和40年代の営林局機関誌から選んだ「名作50話」

このブログは、昭和40年代に全国の営林局が発行した機関誌の中から、現場での苦労話や楽しい出来事、懐かしい思い出話などを選りすぐり編纂したものです。

第1章 現場から 第1話「ある入山日」

 深い雪に埋もれたここ金木戸にも、ようやく春が訪れた。四月一日、神岡営林署金木戸製品事業所の入山日である。

 標高九百九十メートルにある中の又事務所の積雪は五〇センチほどであるが、標高千三百二十メートルに位置する作業員宿舎は例年、三メートルもの雪に埋もれる。

 毎年の入山ではあるが、常に私に、新しく仕事に向かうのだという気持ちと同時に、しばらく離れていた故郷、住み家へ帰るような懐かしい感情を抱かせる。

 

 四月一日、朝五時起床。

 朝食を手短に済ませると、直ぐに寮を出発。オートバイに飛び乗る。

 さすがにオープンカーは寒く、ブルで除雪しただけの林道はガラガラと落石が転がっており、非常に危険である。運材が始まるまで、林道を保線する人たちは大分苦労するのではないかと、早くも心配する。

 事務所に着くと、早速、作業員たちに辞令を渡す。

 「今年も頼むぜ」

 「やらまいかの」 

 四か月ぶりの再会である。高山市内から二時間もかけて原付き自転車で完全武装して来る者、自家用車の相乗りで荷物をトランク一杯詰めて来る者、営林署のマイクロバスで来る者。昨日まで山で働いていたかのように、少しも変わらず元気で挨拶を交わす。

 

 ここから作業員宿舎に向かって、途中まではジープで進めるが、そこから先は徒歩。前の人の足跡を追いながら最初は話もはずむが、四時間も歩くとさすがに口をきくのも嫌になる。

 すっぽりと雪に埋もれた作業員宿舎に午後二時に到着。

  一服して、早速、宿舎整理に取りかかる。

 まずは暖房と水の確保、と言ってもスイスイと台所に水が流れてくる訳ではない。谷に流れる沢水を雪の中から見つけ出すのに二百メートルほど歩く。疲れた体に雪を掘る気力もないが仕方がない。 

 炊事手さんも我々と同じく歩いてきたのだから、こんな時こそ男の中の男と張り切ってはみるが、さっぱりはかどらない。

 出入口の除雪、窓の雪囲い板の撤去、宿舎内の清掃と畳ひき。とにかく今晩寝られるようにしなければならない。手の切れるような水で米を洗い、生活の第一歩を踏み出す。

 

 その夜は、今年一年、安全・健康で無事に仕事が終えるよう皆で入山祝いを行う。

 用意してきたとんちゃんで一杯やる。疲れのせいか酔いが早い。御神酒がまわる。めでたが飛び出す。神岡音頭、越中おわら、次から次へと歌が続く。

 これが入山一日目である。

 明日から十二月十日の下山まで、皆で協力してやっていくのだ。しばらくはもたつくかも知れないが、積極的に仕事に向かっていき、今年もやろうと決意を新たにする。

 

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